AdAM では、国内ではまだほとんど行われていない「動注療法」(がんカテーテル治療)を実践しています。
動注療法は、これまで手術が難しく治療を諦めていた犬や猫のがんに対して、有効かつ負担の少ない最先端治療です。
動注療法(がんカテーテル治療)
Q1:「がんに対する動注療法(がんカテーテル治療)」って何?
A:がんが増殖して大きくなるためには、血液からの栄養が必要です。
そのためにがんは、近くにもともとあった正常な血管(動脈)から枝分かれするような「がん栄養血管」という新しい血管を自ら作り、がんの中に血液を取り込みます(図1)。
動注療法(がんカテーテル治療)とは、カテーテルという細い管を血管内に挿入し、その先端をがん栄養血管にできるだけ近づけて、がんだけに抗がん剤をピンポイントで狙い撃ちして注入する治療です(図2)。
この治療では、これまで行われてきた全身への点滴による抗がん剤治療に比べ、少ない量でもがん細胞には高い濃度の抗がん剤を与えることができます。
それによって、これまで効果が期待できなかったがんでも、がんを消失または縮小させることができます。
一方、使用する抗がん剤の量は少ないので、全身投与で起こるような抗がん剤の副作用はほとんどみられません。
さらに、がん栄養血管に塞栓物質という血管をつまらせる物質を併用することで、がんへの血流を止め、注入した抗がん剤をがんに長く留めることができます。
がんへの血流が遮断されると、いわゆる「兵糧攻め」によって、かん細胞へ栄養が行き渡らなくなるため、がん細胞は飢え死にし、がんは小さくなっていきます。
Q2:動注療法はどんな方法で実施するの?
A:動注療法を実施するには、血管(動脈)内にカテーテルを挿入する必要があります。
後肢の付け根の動脈か首の動脈からアプローチします。
数cmの皮膚の切開だけで動脈にカテーテルを入れることができます(図3)。
(図3)
また血管の中には神経がありませんのでカテーテルを挿入しても痛みはほとんどなく、ヒトでは皮膚切開部位の局所麻酔のみで実施されるのが普通です。
ただし、犬や猫ではじっとしていることができませんので、どうしても全身麻酔が必要となります。
カテーテルを動脈の中に挿入したら、カテーテルの先端を目的のがん栄養血管まで進めていきます。
そのために必要な装置がX 線透視装置です。
カテーテルから血管内に造影剤を注入することによって、体の中の血管の走行を確認することができます(図4)。
(図4)
一般に使われている汎用のX 線透視装置でも比較的太い血管ならその走行を把握することができますが、細い血管まで描出するのは困難です。
当センターで導入したアンギオ(血管撮影)システムは、血管造影に特化したX 線透視装置です(図5)。
(図5)
この装置は手術台の上に寝ている動物に対して、天井から吊るされたC アーム型のX 線の発生装置を手元の操作だけで様々な角度に自由自在に動かし、血管の走行を詳細に把握ことができます。
この装置があれば、体格の小さい犬や猫の細い血管でも詳細に描出することができるため、がん栄養血管を見極め、そこにカテーテルを進めることが可能になります。
目的の部位までカテーテルの先端が到達したら、カテーテルを通して抗がん剤をがん栄養血管にゆっくり注入します。
またがんができた臓器によっては抗がん剤を注入した後に塞栓物質をさらに注入します。
動注療法には、2つの方法があります。
1 つ目は抗がん剤や塞栓物質の注入が終わったら、カテーテルを体から完全に取り出して終了する「ワンショット動注」です。
治療後、その効果を判定して、必要があれば通常1か月くらいの間隔でまた同じ治療を行います。
2つ目は「リザーバー動注」です。
この方法は体内に長期間留置できる特殊なカテーテルを血管の中に残して固定し、「ポート」と呼ばれる装置をカテーテルと接続して皮膚の中に植え込みます(図6)。
(図6)
一度植え込んでしまえば、あとは外来通院で麻酔なしで抗がん剤の注入を繰り返すことができます(図7)。
(図7)
犬や猫にとっては一回の麻酔で済みますのでより負担の少ない方法です。
ワンショット動注をするか、リザーバー動注をするかは、がんの発生部位やがん栄養血管の状態で選択します。
Q3:どんながんが動注療法の適応になるの?
A:口腔がん、鼻腔がん、甲状腺がんなどに代表される頭頚部がん、肝臓がん、膀胱がんや前立腺がんなど骨盤周囲にできる様々ながんが主な治療対象となります(図8~図19)。
これらのがんも早期であれば手術ができることも少なくありません。
動注療法が適応となるのは、進行しすぎてもう手術ができなかったり、仮に手術ができても重篤な機能損失によって著しく動物の生活の質(QOL)が損なわれることが予想される場合です。
事前に造影CT 検査によってがんへの血管の走行を確認して、動注療法が実施できるか、また実施した場合どの程度効果が期待できるのか充分に検討します。
リンパ腫などの血液系がんは治療の対象にはなりません。
(図8)
Q4:動物への負担は?
A:動注療法は、手術、抗がん剤の全身投与、放射線治療と比べると動物への負担は極めて少ない低侵襲治療です。
治療にかかる時間は平均して30分程度なので1泊の入院で済むことがほとんどです。
特に「リザーバー動注」では一回の全身麻酔のみで外来で繰り返し治療を続けることができます。
ただし、まれにこの治療に特有の合併症が発生することもあります。
動注療法は血管内で操作を行う治療なので、間違って血管内に入ってしまった空気や、血の固まり(血栓)が血流に運ばれて脳に到達し、まれに脳梗塞を生じることがあります。
また、がんがあまりにも大きく、抗がん剤の注入によって一気にがん細胞が死ぬ(壊死)と、死んだ細胞の有害物質が体に流れ全身状態が急激に悪化することがあります。
また、この治療はがんだけに選択的に狙い撃ちして抗がん剤や塞栓物質を注入する治療ですが、がん栄養血管が細すぎてカテーテルがそこまで到達できないことがあります。
その場合、がん栄養血管ではない正常な血管に抗がん剤の一部が入ってしまうことがあります。
皮膚に抗がん剤が入ってしまえばその部位で部分的な脱毛が起こったり、腸などに入ってしまえば下痢などがおこることがあります。
Q5:他の治療と比べて動注療法にはどんなメリットがあるの?
A:どんながんでも治療の基本は早期発見・早期治療です。
がんの発生は高齢になると増えるので、定期的な健康診断をおすすめします。
早期発見できれば手術などの標準的治療法で根治(完治)できる例も少なくありません。
しかし残念ながら犬や猫では進行・末期がんで初めて発見され、その時にはもう標準的治療法では対応できないケースが多くみられます。
がんに対する動注療法は、そんな犬や猫に対して“最後の頼みの綱” といえる治療です。
たとえ根治が得られえられなくても、苦しんでいる症状の改善や生活の質(QOL)の向上をはかり延命することのできる治療法です。
しかもこれまで述べてきたようにこの治療は動物への負担の少ない優しい治療法です。
動注療法(がんカテーテル治療)は、まだ獣医療分野ではほとんど普及していませんが、今後、もう治療法がなく諦めざるを得なかった犬や猫のがんに対する有効な選択肢の一つになることは間違いありません。
もし、あなたの愛犬や愛猫ががんを患い、もう治療法がないといわれたら、当センターにぜひ一度ご相談ください。